藤田隆久代表取締役-01-

藤田隆久,コンサルタント

エキスパート・リンク 藤田隆久代表取締役に聞く

【回答者の経歴】

- 荻野 - 第6回のインタビューは、エキスパート・リンク株式会社の藤田隆久社長とパートナーの金世永さんのお二人にお願い致しました。よろしくお願い致します。 では、ホームページにも詳しく書かれていますが、先ずIPOに関する経歴を簡単に聞かせて下さい。

- 藤田 - はい。コンサルタントとしては独立して8年目になります。2000年8月、27歳の時に福岡市で独立しまして、福岡で中小企業の、『人・資金・売上UPなど』いわゆる一般的な支援を主に行なっていました。元々フランチャイズビジネスに造詣が深かったものでして、フランチャイズのチェーン展開をしているところの案件が多かったのですかね。

- 荻野 - 中小企業診断士として、27歳で独立はすごいですね。

- 藤田 - ええ、今でこそ若いコンサルタントも多くなってきましたけど、当時は少なかったですね。その辺もありまして雑誌などを通じ『コンサルやってみないか』という紹介を頂いたりしました。 で、その中の一社が東京に本社がありまして、今後フランチャイズ展開して行きたいのと同時に株式公開も目指したいという案件があったのです。ただその時僕は、IPOの知識は0でしたので、自分もアドバイスのため勉強しなければいけないなと思ったのが、『IPOコンサルティング』というものに踏み込んだ切っ掛けでした。

- 荻野 - 『人間』、何が縁になるか分かりませんね。(笑) では、福岡からこちらに移られた経緯は如何でしょう?

- 藤田 - その会社は本社が東京ですから、月2回延べ1週間位東京に滞在してコンサル活動をしていたのですが、自分も含めて『コンサルタントとして成長して行くには地方ではダメだな』と考えていました。私は、大阪出身で福岡は何の縁もないところでしたし、一回東京に戻ってきてスペシャリストが沢山いるところで『コンサルティング活動を展開したいな』と。

- 荻野 - なるほど。

- 藤田 - その時にたまたまなのですけど、横浜市で『IPOを中心として行政でコンサルをしてくれるチームを募集する』と日経の朝刊に載っていまして、それに東京で知合った仲間と応募したのが、IPOコンサルに本格的に突入して行く切っ掛けだったのです。これは今も行なっている、横浜市中小企業支援センターになります。

- 荻野 - 貴社のホームページにもある『株式公開するならダンゼン横浜』ですね。(笑)

- 藤田 - ええ。今のところ上場した会社は3社出ていまいて、ジャスダック2社ヘラクレス1社になります。 そして私自身も、2006年に個人事業主だったものを『エキスパート・リンク』として会社を法人化しました。

- 荻野 - 分かりました。ところで話は変わりますが、こちらのプロフィールに『自ら学生時代に創業経験を有し...』とありますがどのようなことをされていたのですか?

- 藤田 - 中学生の時に、

- 荻野 - 中学生?!?

- 藤田 - ええ。(笑)中学生の時に『テレホンカード』、今は携帯時代になってだれも使う人はいませんが、当時企業が販売促進用にアイドルを使って作っていたのですが、あれを売買するビジネスをやっていたのです。

- 荻野 - 中学生で?(笑)

- 藤田 - 中学生で(笑)中学2年から始めたのですけど。金券ショップなどで安値で売られている物を買って来て、それを売るということをしていました。高いものは数十万の値が付きましたから。例えば、西村知美や斉藤由貴などは高値でマニアが買いますし、斉藤由貴は20万まで行きましたね。

高校卒業する時には、数千万資産有りましたが、大学時代に全部使ってしまいましたけど。(笑)

- 荻野 - 『なんでも鑑定団』みたいですね。(笑)

- 藤田 - そうです。目利きがすべてですから。(笑) そういった経験もありまして、大学行くならば『経営学部で勉強したいな』ということで、また診断士という資格を取ろうと思いやっていたら大学院まで行く羽目になってしまったのですが。(笑)なので24歳で就職し、27歳で独立という経歴ですね。

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- 荻野 - IPOコンサルタントよりも、そっちの話の方が面白そうですね。

- 藤田+荻野 - (笑)

- 藤田 - ちょっと他のコンサルタントの方と違った経験を持っているかもしれませね。

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